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毎月ブログ(2011年6月~2011年12月)

2011年12月

先週、古田土-福島フルート工房へ行き、素晴らしいフルートを見た。とても良くできた美しいフルートで、ジャズにも理想的だ。この工房は、日本のまさに「特別な」場所だ。
12月は、『ジャミー』が完成した。私の子どもの頃のニックネームは「ジェミー」だったが、意地悪な友だちがその名前をからかって「ジャミー」と呼んだことがあった。橫浜を歩いていたら、その思い出が蘇り、ひらめいたのだ。デジタル絵本の新作『ジャミー』は、いつも耳に入ってくる音に合わせて演奏しようとする男の子の話だ。言い換えれば、「ジャム」したがっている、ということ。デジタル絵本シリーズとしては初めてのジャズストーリーだ。
12月になって、大岡川にカモがたくさんやってきた。

2011年11月

日本に住む一米国人の立場から、TPP(環太平洋戦略的経済提携協定)について一言。やめた方がいいぜ!私が日本へ引っ越した理由の一つは、日本で作られている素晴らしい食べ物だ。今までこんなに体調が良かったことはない。ニューヨークでは、身体に悪い食べ物のおかげで病気になるところだった。私と妻は、生き延びるためにいろんな店で食料を買わなければならなかった。フルーツはいつも傷んでいる。牛乳には膿が入っている。遺伝子組み換え食品は毒だ。そして、加工食品なんて絶対に食べるなよ!日本に安価な食品が押し寄せて、農業者が失業する。そして食料を自分たちで作れなくなったとき、価格がぐーっと上がる。私は米国から来た。それがあの国のやり方なのだ
と、深刻な話はここまで。数日前、使っていた箸が折れた。この箸は、9年近く前、結婚祝いに友人からもらったものだ。折れた先を削り、今は、とても使い勝手のよいつけペンになった。

2011年10月

一日の締めくくりに、日本のケーブルテレビで英語の映画を見るのが楽しみだ。二日ばかり前の晩、エディ・マーフィー主演の『ホワイトハウス狂騒曲』が放映された。彼の役は黒人の詐欺師で、米国議会議員に当選する。心臓発作で死んだばかりの別の議員と同じ名前だったからだ。つまり「知名度」だけで当選するわけだ。勝利演説に集まった聴衆は、彼に基本方針は何か、と尋ねる。彼の顔を見るのは初めてだし、演説を聞いたこともなかったからだ。するとその詐欺師は、「変革(change)」のために立候補した、と答える。
これには驚いた。となりにいた妻の方を見ると、彼女も口を開けて「信じられない」という顔をしていた。
そのシーンはもちろん冗談で、この映画が公開された1992年当時、映画館の観客は爆笑したのだと思う。
ニューヨークで、けしからんウォール街の銀行家たちに反対する大規模な抗議行動が起きている。CNNより先に日本のテレビのニュースで見た。さらにインターネットでも情報を得た。あるYouTubeのビデオでは、警察が若い女性たちに催涙スプレーを浴びせていた。その場所は、私たちがときどき夕食を食べに歩いて行った日本料理店ジャポニカの角を曲がったところだった。そして、スティーヴ・ジョブズが亡くなると、ウォール街のニュースは姿を消した。ニューヨークでも東京でも、アップルストアの前で人々は泣いたり、彼の死を悼んだり、花を手向けたりしていた。彼をエディソンやダヴィンチ、そしてヘンリー・フォードになぞらえる人がいる。彼はできるビジネスマンで、そのクリエイティブは発想は、才能ある多くの人々により実現された。ヘンリー・フォードはわかるが、エディソンやダヴィンチだって?結果論だが、フォードは、地球温暖化につながる大きな要因を作ってしまった。ジョブズの評価についても、少なくともあと20年くらいは待ってみないとね。
今月は、近所の生き物の写真をどうぞ。

2011年9月

幸いにもNYの9.11の不安から離れた場所にいる。この夏は暑かったが、別の場所にいたいとは思わない。日本にいると、なぜかフルートを吹き、絵を描きたくなる。
妻と私は、デジタル絵本の4作目にとりかかっている。この作品は、耳に入るあらゆる音に合わせてフルートで即興してしまう男の子の話だ。こんな子が21世紀のアメリカにいたら、リタリン(ADHD患者に使われる薬)をバンバン処方されるのだろうが、私たちのは前向きなストーリーで、主人公はそんな不運を免れる。
テレビでCNNを見ると、アメリカを出た理由を改めて思い出す。「日本の総理は、5年で6人」と何百回も聞かされた。つまり、日本がいかに変てこな国か、ということだが、考えてみると、8年間も同じマヌケにつきあわされ、やっと交代したと思ったら、マヌケのバージョンが変わっただけ、なんてのよりずっとマシなのではないだろうか。マーティン・ルーサー・キングは、人間は肌の色ではなく、人格で判断されるべきだと言ったけれど、今のところ、二人のマヌケの違いは肌の色だけだ。『ジャパン・タイムズ』も読むが、日本に住む多くのアメリカ人がその不満を並べている。連中は友達ができず、それを文化の違いのせいにする。私にとっては、日本には米国よりはるかに合点がいくことが多い。玄関で靴を脱ぐのは、文化ではなくロジックだ。お辞儀も、握手よりずっと衛生的なのは言うまでもなく、はるかにうやうやしい。箸を使うと食べ物もよりウマい。私は口の中に金属をいれる感じがいつも嫌いだった。外国人の多くが、日本人の行動があまりにも規律正しいと笑いものにするが、通りで他人に突き当たられたい人っているのだろうか。もしいたら、ニューヨークへ行ってね。私にとって日本人の行動は非常にロジカルだ。風呂・洗面とトイレが別にあるのもそうだ。アメリカのあるテレビ番組で見たのだが、アメリカのバスルームに置いてある歯ブラシをテストしたら、大便が付着していた。
9月、ということは、私は69歳になる。70歳になったら、年寄りジャズミュージシャンの仲間入りをし、仕事の話も来るかもしれん(笑)。地下鉄も割引になる。それまでは、どうぞデジタル絵本をご覧ください。デジタル絵本は、子供にジャズを紹介するのにもってこいだ。誰もが心は子供なのだから、これを読んでいる大人のあなたもきっと気に入るだろう。
私はジャズミュージシャン。ジャズはインターナショナル。あらゆる音楽から学ぶのがジャズだ。それは異なる形の音楽を組み合わせることではない。耳に入るすべての音楽から学び、即興を通してスウィングさせることだ。世界の国々は、もっとジャズのようにお互いから学ぶべきだ。CNNを見ると、大統領をはじめ多くのアメリカ人が、「アメリカのやり方がベストなやり方だ」、そしてアメリカが世界で最も素晴らしい国だ、と言うのを耳にする。自分のやり方が一番良いと考えれば、間違いなくそうではなくなる。「わかっている」と言う人こそ、わかっていない。

2011年8月

先週、招待を受け、「ワルツ・フォー・デビー」の50周年を記念するジャズフェスティバルに妻と出かけた。ビル・エヴァンスへのトリビュートだった。これまで聴いたことのない人たちの演奏を聴きたかったので行ってみた。肩に力の入りすぎた女性のピアノ奏者たちや耳を疑うような歌を何時間も聞かなければならなかったが。私も過去にいつくかビルのメモリアルコンサートに出演したが、ビルを讃える一番のやり方は、彼のLPを聴くことだ、と私個人としては思う。ただ、これだけは言おう。ビルは言葉で語ることもなく、音楽についてたくさんのことを私に教えてくれた。
私は、大岡川沿いを散歩するのが好きだ。たくさんの 大きな鯉、ボラ、妻によると「この川にいるはずのない」カメ、カモ、そして、サギも数羽いる。昨日は、エイが泳いでいるのを見た。ハトの朝と夕方の鳴き声がちがうことも気付いた。ほかのミュージシャンからは盗まなくても、自然からアイデアを拝借していることは認めなければならないね。
8月13日はフラックの5周忌だった。フラックは私たちが飼っていたネコ。毎年、夏になると、妻と共にフラックを思い出す。最近、親しい友だちと会食したとき、国芳という浮世絵師のことを教えてくれた。国芳の絵にはたくさん猫がでてくる。私も、デジタル絵本『はなぬるこ』の中に、オレンジ色の猫を描いた。一緒に飲んだ友だちは、猫特有のしぐさやポーズの中には、実際に飼ってみないとわからないものがあり、飼っていたからこそ記憶から描けるのだ、と言った。まったくそのとおり。私も、ネコを描くときはいつもフラックのことを想う。

2011年7月

皆さん、こんにちは。ウェブサイトが新しくなりました。発信地は、日本の橫浜。今後もずっとここに住み続けるつもりだ。私は日本が大好き。人々、食べ物、地下鉄や街路も清潔だね。私の住んでいるマンションはとても静かで、ミュージシャンにはもってこいだ。近所の家のほとんどが、表で花や植物を育てている。子どももたくさん外で遊んでいる。私が住んでいたニューヨークでは子どもたちの姿はあまり見られず、見てもバギーに縛られている子ばかりだった。橫浜は、散歩に最適の場所だ。私は、桜木町駅や橫浜駅までよく歩いている。今、妻とスライドショーを作っている。年齢を問わず観ていただける作品で、私はサウンドトラックを作曲、演奏したり、イラストを描いたりしている。ミニチュアの工作をしたり、撮影、ストーリーづくりも自分たちでやっている。本当に楽しい作業だ。
3月11日の地震も経験した。2日前の9日に小さい地震があり、次に来たら「テーブルの下に隠れよう」と冗談まじりに話していたら、2日後、本当にテーブルの下に入ることに。マンションが激しく揺れ、壁に掛けてあった絵が踊った。テレビが床へ墜落したが、さすが日本のテクノロジー!テレビは壊れず、その後の津波など、中継で見た。仙台、いわき、岩手、青森。画面に映し出された場所は、私が以前ツアーで訪ね、演奏した場所であることに気付いて驚いた。ライブでお会いした方、今、どうしていますか。このサイトにメールをください。
地震の後、米国の知人たちから、「助かりたかったら帰国しろ」というメールがたくさん届いた。私は、アメリカにも原発はたくさんあるので危険は同じだよ、と返事をし、家の近くの桜の花の写真を送った。
地震から1週間して、妻と義母と共に、広島へ行った。核の狂気を最初に体験した街だ。以前、広島で演奏したことがあったけど、ホテルの中にあったクラブ以外はどこも見ることができなかった。今回は、家族が原爆資料館へ連れて行ってくれた。中には広島市街の模型があり、義母が、爆弾で焼けた生家の場所を指さして教えてくた。
従兄が車で尾道へ案内してくれた。内海の眺めの素晴らしい美しい場所だ。町で小さなお店に入り、日本製の竹ペンを何本も買った。私は、竹ペンでドローイングを描く。ペン先を自分で削ることで好きなラインが描ける。ニューヨークでは、主に東南アジア製の竹ペンが手に入ったが、日本では、上質な日本製のものが手に入る。今日のようなデジタル時代には、アートや音楽のオーガニックな方法を見つけることが大切だね。

2011年6月

今日、英国のジャーナリスト、アンガス・ベイティーからメールが来た。サンプリングと著作権に関する彼の記事が『ガーディアン』紙に掲載されたそうだ。記事には私とのインタビューも含まれている。記事は英語だけど、興味のある方は読んでみてください。