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アサコの「ライナーノーツ読めば?」

 横浜・元町で画廊カフェ・ジェレミーズを営業中、
「ジャズを聴いてみたいけど、何から聴いてよいかわからない」という若いお客様に何人もお目にかかりました。答えは「何から聴いてもよい!」だと思うのですが、そうは言っても、何か面白いとっかかりができれば「ジャズファンになる方も増えるのでは」と思い、そんな「ジャズはてな」的存在のひとりであるAmanda Pie(アマンダ・パイ=ジェレミーとアサコが創ったデジタル絵本のキャラクターで、いじめが大嫌いな正義感満点の女の子)と一緒に、ジャズLPのライナーノーツ(アサコ訳版)を読みながら「こんな風に聴いてみたら?」というご提案をするページです。第一回目は、アマンダの素朴な質問からスタート。

日本のジャズクラブやジャズ喫茶では、難しそうな顔をしたおじさんたちが、聞いたこともない名前をたくさん出して、腕組みしながら「ふーむ」という感じ。何を着てクラブに行っていいかもわからないし、緊張しちゃってやりにくいな。まずは自宅でちょっと聴いて好きになれるか試したいけど、何かおすすめは?

ははは、アマンダ正直だね。そりゃそうだ。アマンダが突然ひとりで殴り込みをかけられる雰囲気じゃないよね。あのね、下の写真のように、ジャズはLPのジャケットがやっぱり一番のきっかけだと思うな。これはジェレミーがNYで1950年代に買ったアルバムの古びたジャケットなんだけど、なんかいいでしょう?サンフランシスコのケーブルカーが宙に浮き上がったみたいでさ。そして、帽子にトレンチコートのおじさんが、「よおっ」て感じに手を挙げて立ち乗りしている。『サンフランシスコに独り』っていうタイトルと、このジャケットだけで、興味湧くじゃない?

でも、これじゃぁ、何の楽器かもわからないし、それに、ジャズっていえば、サンフランシスコじゃなくて、ニューヨークって感じするけど。ちがうの?


おっと、そこで小さめの青い文字にご注目、「セロニアス・モンクによるソロピアノ」とありますね。そして、はい、もちろんジャズの本場はニューヨーク、というのはある意味当たっています。グリニッジヴィレッジ出身のジェレミーの回顧録にも、ティーンエイジャーだった頃、モンクのバンドをNYのクラブで聴き(未成年だったので母親に頼んで連れて行ってもらった)ジャズミュージシャンになろうと決めた、と書いてます。ジェレミーにとっては衝撃的なピアニストだったのです。モンクの本拠地もニューヨーク。でも、このアルバムは西海岸。ライナーノーツにその説明も出てくるよ。筆者は本アルバムプロデューサーの、オリン・キープニュース氏。ミュージシャン愛満点の彼の文章は必読。ちなみに、息子さんのピーター・キープニュース氏は、ジェレミーが亡くなったときの訃報記事を『ニューヨーク・タイムズ』紙に書いてくれた人です。

私の生みの親のジェレミーと縁のある人なんだね。ちょっと興味が沸いてきた。
早速、読んでみようっと。

Alone in San Francisco (1959年10月録音)
Thelonious Monk (RLP 312)
 このアルバムは、言ってみれば「本質的なもの以外はすべて取り除く」ことによって創られた。空っぽのホール、録音機材、そして、一人の非常に才能豊かなミュージシャン。ジャズグループの新譜は、人数や楽器にかかわらず、その曲目に期待がふくらむが、今回、ミュージシャンがセロニアス・モンクなので、収録曲が期待どおり非常に興味深く、聴きがいがあるのは当然である。
 ずば抜けた創造性の持ち主であるモンクは、モダンジャズ誕生以来、現在も続いている彼のキャリアの中で、「独りぼっち」であると頻繁に言われてきた。(それが当たっている場合も、そうでない場合もあるのだが。)彼は、勿論、1940年初頭の「ビボップ」革命の中心であり、その後も、彼自身の演奏と他者への影響という両面において主力のミュージシャンであり続けている。これまで、一般のリスナーや多くの批評家、さらにミュージシャン連中でさえも、モンクに関わらない時期があった。彼には当惑してしまう、と認めた者もいれば、「伝説の人」扱いが過ぎるただの変人だ、と言う者もいた。しかし、1950年代終盤には彼の特異な才能が広く認められるに至った。(例えば、DOWNBEAT誌の批評家投票で、ピアノ部門の第1位を獲得したし、1958年と59年の同誌読者投票では第2位だった。)しかし、彼は音楽的に「独り」であり続けた。というのは、これほどまでに個性的なアーティスト兼作曲家は、何となく離れた場所にいて、彼のことを完全に理解できるのは、(仮にいたとしても)彼自身のみなのである。
 勿論、彼のみによる録音という意味での「独り」は、これとはちがう話だが、実は、あまりちがわない。モンクのソロアルバムは、これが2枚目だ。1枚目は、Thelonious Himself(RLP 12-235)で、2年半前、モンクが今日のように広く受け入れられる前に録音した。そのアルバムのライナーノーツの中で、私は、「どんなに技術が高く、またモンクに共感するミュージシャンであっても、モンクの頭の中で展開する複雑で難解なパターンを完全に把握し、それに沿って完璧に演奏できるとは限らない」と書いた。だから、モンクのソロアルバムの特別な魅力は、自給自足モードのモンクを聴けることなのだ。つまり、「彼がそうしたいときに考え、音を出すのを、ほんのしばらく、彼自身の中で完全な状態で」聴くチャンスなのである。
 こういうことは、今回(1959年)のソロアルバムにも当てはまる。今の彼は1957年初期に比べるとずっと有名になっており、彼自身にもそれが普通になっているから特にそういえる。実のところ、諸事情により、この録音は前回よりも「独り度」が高く、そのせいで、彼が自らの内面の深みを覗き込む非常に著しい作品となった。モンクは初めてサンフランシスコを訪れていた。(かなり前から2枚目のソロアルバムの計画はあったのだが、彼と私が偶然にも同時にSFに居合わせたため、そこで作られた。)細長くて空っぽの公会堂には何列もの古びた装飾付きシャンデリアがあり、音響はよかったが、ステージ上のピアノに向かってモンクが座った様子は、非常に奇妙であった。
 録音セッションの休憩中、写真家のビル・クラクストンがサンフランシスコは初めてのモンクを車で観光地へ連れて行ったとき、彼は初めて同市の本当の姿を見たわけだ。(アルバムジャケットのケーブルカーに乗ったモンクの写真もその時撮影。)普通、ライナーノーツではプライベートには触れないのだが、この時のモンクは、大手術から回復中の妻をロサンゼルスに残してSFに来ており、それも影響したかもしれない。また、最初の録音が行われたのがBlack Hawkでの公演初日の晩を終えた翌日の午後だったことにも触れておこう。モンクには全く責任がないのだが、初日に手違いが重なり、最初の2セットはバンドなし。モンクひとりで演奏した。
 このように、彼がいろいろな意味で「独り」であったことが、どの程度このLPに影響したかは定かではない。はっきりしているのは、このアルバムのモンクが、抒情的で内省的なムードに支配されていることだ。ブルースを静かに、彼らしく皮肉たっぷりのユーモアをちらつかせながら演奏している。収録曲の中には、以前録音されたバージョンと興味深い対比を見せているものがある。例えば、今回のPannonicaは前のように「荒っぽく」なく、Brilliant Corners(RLP 12-226)での彼のオリジナル・クインテットの演奏よりバラード感に浸っているし、Blue Monkも、Thelonious in Action(RLP 12-262)のカルテットによるライヴ録音より落ち着いた雰囲気だ。新曲のブルースはBluehawkRound Lightsの2曲。Round Lightsとは、シャンデリアのホールで演奏した本LPにふさわしいではないか。Ruby, My Dearは、これまでもずっとバラード(最近コールマン・ホーキンスと共にMonk’s Music (RLP 12-242)でも演奏している)だったが、ソロではさらに深く、決然としている。
 もう1曲、彼のオリジナルのReflectionsが収録されているが、これもまた、このアルバムにぴったりのタイトルである。スタンダードは4曲で、うち2曲(Everything Happens To MeYou Took the Words Right Out of My Heart)は、モンクの以前からのお気に入りだ。クラブでは、セットの冒頭、よくソロ演奏している。Rememberは、アーヴィング・バーリン作曲で、マンネリ化しているが、ここではずいぶん情感あふれるアレンジを施している。反対に、録音時に決まった意外な曲目として、Harry Richmanの映画で有名な1929年のThere’s Danger in Your Eyes, Cherieが収録されたが、これは実に味がある。モンクが古いスタンダード曲集のページをめくっていて見つけたナンバーで、現場で思い出しつつ演奏し始めた。モンク風のコードを探りながら、「こんな曲、私が弾くとは誰も思っていないだろう」という彼自身の言葉は「やはり、正しいよね」と、楽しむことにしたらしい。
(Original liner notes by Orrin Keepnews;translated by Asako)

なんか、いろんな情報が一杯!知らないジャズ用語もあるし…「変人扱い」とは失礼な話ね。でも、最初は受け入れられなかったけど、あとで大人気になったとなると、ちょっと聴いてみたい!

さすが、いじめや仲間外れが大嫌いなアマンダ。でも、そういう感じで興味が沸いてくると、ジャズは俄然楽しくなるものよ。でもさ、このライナーノーツで一番感じてほしいのは、何とも言えない「行き当たりばったり感」。いかにもアメリカのジャズシーンって感じが出てるね!プロデューサーと演奏家がたまたま同じ場所に居合わせた、なんてさ。初めてSFで演奏するっていうのに、バンドがいなくて最初の2セットはソロだったってのも、いかにもジャズ!ジェレミーの場合も、バンドメンバーが渋滞に巻き込まれて遅れたとか、たまたま近くで食事をしていた知り合いのミュージシャンが飛び入りした、とか、ライヴ前に「スーパーで野菜買っちゃったから、ちょっと冷蔵庫に入れさせてくれる?」なんて、レジ袋提げてウチに来たミュージシャンも。こういう「なんでもあり」みたいな雰囲気がいかにもジャズ。何か月も前からネットで高額チケットを予約して、スタートする前に「携帯電話の電源をお切りください」なんてアナウンスが入る最近のライヴって、個人的にはどうもシラケる。

そうだ、一つ質問。最初の2セットはソロだったって書いてあるけど、、ジャズライヴって、2セットで終わりじゃないの?それに、入れ替え制のところも多いよね。

今は2セットが殆どだけど、昔は、というか、1970年代くらいまでは、3セットとか、4セットのときもあったようだよ。ジェレミーも、NYのクラブでそうだったって話をしてくれたことがある。それと、入れ替え制ってのは経営者側都合のやり方で、ジャズを聴くっていう観点からは、全然わかんない。だって、あまりジャズを聴かない人でも2セット目まで聴くと「全然楽しさが違う!盛り上がりが違う!」っていうのを何度も見たことある。即興が爆発するジャズのライヴでは、ミュージシャンの人達たちも、1セット目はウォーミングアップ、2セット目で、わーっと乗ってくるというのはあるみたいだよ。ライヴのサウンドって、夜が更けるのと共に(そしてお客様の酒の量と共に?)上り調子になってくることが多いと感じるんだけど、クラブ側があらかじめ1セットずつしか聴かせないシステムにするってのは、結局、ライブの面白さを実感していない聴衆を生むことになって、最終的にはジャズファンが減って、音楽のためにも経営のためにもなんないと思うけど。逆に、2セット目の方が盛り下がっているバンドって、もしかしてヤバい?

なるほど。この楽しそうにケーブルカーに立ち乗りしているおじさんがどんな風にピアノを弾いているのか想像すると、ワクワクしてきた!早速聴いてみるね!

楽しんで~。次回は、セロニアス・モンクの別のアルバムのライナーノーツを読んでみようね!(2021年12月)


『サンフランシスコに独り』を聴いてみた。最初の曲、Blue Monkは、どこかで聴いたことがあった。でも、どの曲もメロディーがきれいで、ライナーノーツにあったとおり、独りぼっちらしく、ちょっとどこか寂しそうな感じにも聴こえたな

自分が一番印象に残った曲を覚えておくと、聴いたアルバムが頭に残るよ。これから何枚も聴くってときに、「あのアルバムはあの曲がお気に入り!」っていうのがあると楽しいし、なんで自分がその曲が好きなのか、って考えると、次に聴きたいミュージシャンとか曲を選ぶ道しるべになるよ。私の場合、ジェレミーがウチでBud Powellのレコードをかけていて、私がもう1回聴きたいと思って、レコードが終わったらすぐにまた再生ボタンを押したことが何度かあり、「君は、バド・パウエルが好きなんだね」と言われて、「そういわれてみると、彼のピアノは何度でも聴きたくなるんだな」と気づいてから、ジャズ・ピアニストを興味もって聴くようになったっていう経験がある

ところで、次のアルバムの表紙は、同じモンクおじさんのとは思えない、全然ちがうデザインだね。それに、このタイトルのレタリングがとっても素敵!小文字と大文字が混ざっちゃってガタガタ!

この表紙がなぜ誕生したのかは、最後に書いてあるよ。さて、このライナーノーツで断然注目してほしいのは、第三段落。これ、「ジャズを聴きたいけど何から聴いてよいかわからない」というアマンダに、プロデューサーのキープニュース氏自ら答えを出してくれているかのような部分。まず読んでみて!

Thelonious Monk Plays Duke Ellington (1955, 1958)
Thelonious Monk, Oscar Pettiford, Kenny Clarke(RLP 12-201)
 1955年に録音されたこの珍しい、そして注目すべきアルバムは、いくつかの意味で「初めて」のアルバムだった。まず、リヴァーサイドが出した初の12インチ・コンテンポラリージャズLPだったこと。以来、優れたジャズアルバムを何枚もリリースしてきたが、この作品はその出発点として非常にふさわしいものであった。また、モンクのリヴァーサイド作品の中で、特に人気の高い主要アルバムの1枚目となった。さらに、モンクは「自分には難しすぎる」とか「あまりに奇妙だ」とか、間違った印象を持っていた人たちが、彼に対する恐怖心をなくすために企画された最初のアルバムでもあった。(この目標はとっくに達成した。)当時、モンクをより多くのリスナーに紹介することは、ふたつの意味で望ましかった。まず、自らモンクを避けてきた多くのリスナーに、楽しく、価値のある音楽的刺激をもたらすであろうこと。そして、本作品を聴いた多くの人々からモンクが深く評価され、受け入れられるであろうこと。真のジャズの巨人モンクだから、当然のことだ。
 モンクが初めてオール・スタンダードの曲目で臨んだ本作品は、当初、批評家たちを少々混乱、当惑させたようだった。そういう批評家たちは、「オフキーな天才」というステレオタイプでモンクを捉えていて、その彼が、他の作曲家の曲を、自由な発想で、明快に、そして尊敬の念をもって解釈する力を持っているという現実についていけなかったからだろう。
 実のところ、このLPは、至って単純な前提から生まれた。それは、当時、ジャズミュージシャンが「あまりに奇妙だ」と言われるのは、大抵、そのミュージシャンが「平均的」な人たちの耳に馴染まない曲を演奏していたから、と私が確信していたことだ。モンクも例外ではなかった。これは、クリエイティブなジャズにおけるオリジナル曲の重要性を否定するものではない。しかし、即興の構成および旋律の始点がはっきりわかれば、ジャズは非常に聴き易くなろう。なんといっても、弾く側と聴く側の間のコミュニケーションは大切である。そして、そのコミュニケーションの少なくとも半分は、聴けばわかる曲、つまり、リスナーがメロディーを知っている曲を演奏するか否かにかかっている。そういうリスナーは、口に出して認めている以上に多いのではないか。
 このLPに統一感を与え、演奏する価値をモンクが認める曲目を選ぶために、デューク・エリントンのスタンダードでまとめるのはどうか、という提案があった。エリントンといえば、彼自身、四半世紀にわたり主力であり、ジャズ・モダニストのほとんどが、その功績を少なからず認める人である。モンクは、この提案をすぐに承諾した。エリントンの楽譜をまとめて手渡すと、モンクは少しばかり部屋にこもり、しばらくすると「準備ができた」と言った。本アルバムはこうして生まれたのである。
 ここでのモンクは、いつものように自由に演奏しているが、エリントンの作品を単に媒体として扱うという過ちは犯していない。エリントンの曲は、そんなことにはならない個性とパワーを持っている。つまり、どの曲も、論理的な方向をモンクに示す役割を果たしている。だから、例えば、Black and Tan は、「いかにも」というファンキーなブルースとして演奏しているし、Caravanは奇想天外だし、Solitudeはバック抜きのピアノソロとして演奏し、痛いほど心に沁みるムード作品に仕上げている。
 このアルバムで、しっかりとモンクを支えるのは、オスカー・ペティフォードとケニー・クラークという才能あふれる二人のアーティスト。前者は、今日最高のベーシストのひとり。ジミー・ブラントン以来、モダン・ベースのスタイル確立に彼ほど貢献した人はおそらくいない。後者は、1940年代初期のボップ形成期に、ミントンのハウスバンドの一員としてモンクと演奏していた。ケニーは、モダンジャズの基礎を作ったミュージシャンとして、モンク、バード、ディジーと並び称されて当然であり、多くの人がトップドラマーとして名を挙げる存在でもある。
 モンク、オスカー、そしてケニーの三人が、互いを、そして互いの音楽を熟知していることが、本アルバムに有利に働いたことは間違いない。彼らは、ほとんど直観的に息の合った演奏ができた。モンクは、この二人に支えられ、エリントンの曲という豊かな材料を手にし、しっかりしたスイング、簡潔で明確でありながら情緒あふれるアプローチ、あざけるようなユーモア、予測不可能だが筋の通った類稀なる即興のセンスなど、彼ならではの素晴らしい特質を存分に発揮した。
 結果、本作品は、先駆的アルバムとなった。その重要性は多くの人が認めるものとなり、その後数年間にリリースされた作品(スタンダードおよびモンクの優れたオリジナル曲を含む)は、売れ行きも伸び続け、批判的なリスナーはほとんどいなかった。また、コンサートやジャズ祭、ナイトクラブでの出演数も増え、モンクのスターの地位は揺るぎないものとなった。具体的にいうと、1958年夏には、ニューヨークのファイヴ・スポット・カフェでの二度目の長期公演において、記録破りの数の聴衆を集めるまでになった。「戻ってきたモンク」は、それまで彼について懐疑的だった「批評家」と名の付く連中を虜にしたのだ。その年のDOWNBEAT誌の批評家ランキングでも、エロール・ガーナ―を抜いて1位となった。
 リヴァーサイドの我々としては、ファンは今も増加中で、本作品の最初のリリース時に比べ何倍にもなったと認識するに至り、そんな新しいファンのためにも、今回、フランスの「素朴派」現代主義画家、アンリ・ルソーの代表作『ライオンの食事』を表紙に使い、モンクによる見事な8曲の演奏を再リリースしたというわけだ。(Original liner notes by Orrin Keepnews;translated by Asako)

このアルバムは、みんなが知っている曲が入っているから、私みたいな人でも楽しめるってことみたいだね!ジャズは、口ずさめないことが多くて「わかんない」と思っちゃう。ライヴに行っても、いつも聞いたことのない曲をやっているみたいだし。

アマンダも、A面の1曲目の「スィングしなけりゃ意味がない」とかB面最後の「キャラヴァン」なんて、どこかで耳にしたことあると思うよ。さて、さっきの第3段落だけど、ちょっと考えてみて。好きな歌謡曲があるとカラオケでいつも歌うよね。その曲のメロディーを何度も聴きたいって思うよね。クラシックも、例えば『エリーゼのために』が好きで、そのメロディーを何度も聴きたいって思うよね。知ってるメロディーを繰り返し聴いて音楽を楽しんでいる人は多い。

確かに、クラシックコンサートのプログラムで知っている曲名が入っていると行きたいなって思うし、ロックのコンサートでも、昔のLPの曲が出てくると、みんな「わーっ」て盛り上がるよ。

じゃ、アマンダさ、「私がこれから演奏する音楽には楽譜がありません。私の演奏は毎回新しく、繰り返し聞くことはできません」っていうミュージシャンが現れたらどうする?

えーっ?そんな音楽あるの~?なんだそれ~。CD買って、「これ最高!」って思っても、同じのが聴けないなんて?

でも、逆に1回しか聞けない瞬間に立ち合えるって、素晴らしいことじゃない?ライヴで、その日、その場だけのミュージシャンの心の中を音で聴くことができるって考えてみて。それがジャズの即興だとしたら、アマンダ、聴きに行く?

つまり、ミュージシャンの心や気分がその場で創る音楽を聴きたいかってことかな?あまり今まで考えたことなかったけど、なんか、好奇心を覚える。それに、ちょっと…懐メロの反対みたい。

「懐メロの反対」とは、アマンダ、上手いね。でも、それは分かり易い考え方かもしれないよ。「このメロディ、懐かしい!」に対して、究極の現在進行形。出だしのメロディーは懐メロでも、即興で奇想天外な世界にぶっとび、最後に「今のは皆様お馴染の懐メロでした~」とメロディーをなぞって終わりって感じ。

このアルバムを聴くと、モンクおじさんがどんな人か、録音当日どんな感じだったか、私にもわかったりするのかな~。面白いね!これは絶対に聴かないとね!


今では、モンクの書いた曲も、ジャズのスタンダードと呼ばれているよ。このLPが出てから半世紀以上経過して、その間に、彼の曲を土台に、他のミュージシャンが新しい即興をたくさん演奏し、広く知られるメロディーになっていった。でも、モンクのピアノって、いつ聴いてもすごく斬新で、全然古い感じがしないよ。何回聴いても飽きないし。そのあたりも含めて、次回、もう1枚、モンクのアルバムのライナーノーツを読んでみようね! (2022年1月)


Amanda Pie: ジャズは、夜お酒をのみながら、なんてイメージも強いかもしれないけど、私、アマンダ・パイの場合、3時においしいコーヒーを淹れて、大好きなスィーツを食べながら、というのが理想的!今日はどんなアルバムを紹介してくれるの?

Asako: あらアマンダ、おいしそう。私にも一切ちょうだい。さて、今回も、まず表紙にご注目。プルアロング・ワゴンに乗っかって、どこかの子供に引っ張ってもらうのを待っているみたいなモンクおじさん。鉛筆は持っているけど、芯の方が上。左手首には金時計。ダークなサングラスも、真っ赤なワゴンとかなりのアンバランス。そして、彼の表情は正直、「俺、なにやってんだ?」みたいな感じがなきにしもあらず。しかし、タイトルは Monk’s Music と、そのものズバリ。音を聴いたらタルトもますますおいしくなりそう、かな?

AP: 『モンクの音楽』っていうタイトルなんだから、絶対に聴かなきゃって思うけど、今回のセプテット、っていうのは、7人のバンドってことだよね!たくさんいるね!今まで、セプテットのライブって聴いたことないな。

A: アマンダ、良いところに注目したね!それは、最近のジャズクラブでは、セプテットなんてやると、店が小さいから入る客数も少ないし、バンド一人ひとりの取り分が少なくなるってこともあるから、トリオとかせいぜいカルテットなんだよね!たくさんお客さんが来ないと、お金になんないもんね!ジャズの人気が衰えると、セプテットなんてなかなか聞けなくなったりするよ。ジャズでは、ドラムス、ベース、ピアノまたはギターの上にホーンがのっかる、ってのが多いので、カルテットが一般的に見えるけど、このアルバムは、ホーンが4人もいるんだよ!

AP: モンクおじさんはこの録音のために7人用の曲を作ったの?

A: そういう訳じゃないのよ。7人がどうやってひとつのモダンジャズの曲を演奏するかってのは、この解説のポイントだね。キープニュース氏が、モンクが「どの曲も静的で変更の余地がなく、完結した」とみなすことがない、という説明をしているあたり、しっかり注目して読んでみてね。モンクのようなミュージシャンのアルバムを聴くとき、どんな点に興味をもって選ぶと面白いかの手がかりになるよ!

Monk's Music (1959)
Thelonious Monk Septet(Riverside 12-242)
これぞセロニアス・モンクの音楽。このアルバムでは、モンクのオリジナル曲のうち最も有名なものを選び、その新しいバージョンをいくつか紹介する。バンドメンバーは、高い技術、モンクに対する尊敬、そして熱意をもって参加したトップ・ジャズミュージシャンたちだ。
 長い間、応分の認知を得ようともがいてきたモンクだが、少なくとも、かなりの数のミュージシャンが、彼の音楽の独自性や重要性、また、それがホンモノであることに最初から気づいていた点はラッキーだった。これは重要なことである。彼らは、モンクと一緒に演奏する機会を待ち望んでいる。しかし、それには覚悟がいる。まず、彼の音楽的な要求に応えなければならないし、モンクは常に完璧主義だから。でも、豊かな才能に裏付けられた自信を備えたプレイヤーたちにすれば、そんな挑戦こそ楽しく、ありがたいものなのだ。
 というわけで、モンクにはいつも最高のメンバーが集まってくる。このアルバムには4人のホーンプレーヤーが登場するが、もちろん最も有名なのは、コールマン・ホーキンス。文字通り、初のジャズサックス・スタープレイヤーで、30年以上にわたり、トップまたはそれに近い地位に君臨してきた。変わりゆくジャズのトレンドの中でうまく変化を遂げた数少ないミュージシャンのひとりだ。年長のミュージシャンたちの多くがモダンジャズを誤解し、馬鹿にするのに忙しかった1940年代半ば、ホーキンスはそれに参加し、奨励した。彼は、当時マンハッタンの52丁目で(Kelly’s Stable―訳者注)率いていたバンドを今も誇りにしている。そのグループのピアニストこそ、モンクだった。このアルバムは、彼が何年も一緒に演奏していなかったモンクと再会した記念作品だ。実のところ、ホーキンスがモンクの曲を正式に演奏するのはこれが初めてなのだが、ホーキンスの深く豊かな音色は、この記念すべき録音にぴったりだ。才能あふれる彼が、ジャズを「流派」という狭い見方で捉えていないことも本アルバムにふさわしい。
 ジジ・グライスは、我がリヴァーサイドにおいて、自らのバンドのレコーディングも行っている有能な若きアルトサックス奏者。オスカー・ペティフォードのビッグバンドの成功に大きく貢献した編曲者でもある。チャーリー・パーカーと親しく、彼から多くを学んだが、「バードの単なる真似」という位置づけは、当然ながら全くあたらない。
 若手テナーとして強烈な個性を放つジョン・コルトレーンは、1956年、マイルス・デイヴィスのクインテットで初めて脚光を浴びた。彼は、本アルバムの録音直後にモンクの新成カルテットの主要メンバーとなった。
 レイ・コープランドは、見事な技巧派で器用なソロイストとしてミュージシャンたちに知られている。モンクとはコンサートで共演したことがある。彼については、今日のジャズマンの中で甚だしく過小評価された存在、とモンクを含む多くのミュージシャンが考えている。
 アート・ブレーキーは、長年トップスターで、ジャズ・メッセンジャーズのリーダー。モンクお気に入りのドラマーで、何度も一緒に録音しているが、本作品で特に注目したいのは、彼がいつもの爆発的なスタイルをモンクの音楽に合わせて変える、その自然さだ。
 ウィルバー・ウェアは、数年に一度の卓越したベーシストとしてたちまち高い評価を得た人だが、彼も1957年のモンクのカルテットの一員であった。
 この6名が名手であることは間違いないのだが、モンクのアルバムは、やはりモンクのものである。とんでもない天才と言われてもう何年も経つが、彼のアイデアは大衆には難しすぎるとされてきた。しかし、今、やっと受け入れられ始めたようだ。本来なら、ずっと前にこうあるべきだったが。1957年の夏と秋、ファイヴ・スポットでの公演は大成功を収めた。クラブで目の前のモンクを聴くという、それまでにあまりない機会であったことも、成功につながった。また、批評家によっては、(ジョン・S・ウィルソンの言葉を借りると)モンクはだんだん「明快に」なっている、と評している。これが「彼の音楽がより単純になっている」とか「消化しやすくなっている」という意味だとすれば、それが正しいかは疑問だ。Brilliant Corners(RLP12-226収録)やCrepuscule with Nellieなどの新曲は、少なくとも彼のこれまでの曲と同じく複雑で斬新だ。批評家たちは、モンクや彼のアイデアを吸収した多くのモダニストたちに10年以上も接してきたから、不協和音や統一感のないリズムに対する恐れとか、モンクの変人ぶりに関する本筋でもなく根拠もない伝説とかに惑わされずに彼の音楽を聴けるようになったのかもしれない。そして、おそらく、自らのアイデアを実際のピアノ演奏に置き換えるモンク自身の力に、これまで以上のワザと明快さが備わったのだろう。
 とにかく、モンクを聴く努力をする新しいリスナーは増えている。(「本当に聴いてよかった」と思えても、依然として「努力」を要するが。)だから、1940年代のモンクの名曲4曲を膨らませた新バージョンが目玉の本LPを今こそリリースすべきなのだ。これらの曲は、過去のアルバムでは、ホーンなしの短いバージョンしか収録していない。
 忘れてはならないのは、「作曲」、「編曲」、それを言うなら「演奏」という言葉も、あまり狭い意味でとられると、誤解を招きやすいということだ。モンクのような、作曲兼演奏家(今日のイーストコースト・ジャズの主要ミュージシャンたちの殆どがこれにあたる)にとって、曲づくりは、すなわち編曲であり、彼自身と特定の他の楽器(そして往々にして特定のミュージシャン)が演奏することを前提としている。のちのち、別のミュージシャンや規模の異なるバンドと演奏することになった場合、それに合わせて編曲が変わる。時間を経ると、原曲の捉え方が変わったり、創造的な新しいアイデアが浮かんだりして、さらに大きな変更も出てくる。(これは、この派のジャズにそれなりの欠点があっても、「冷たい、死んだジャズ」という批判だけは受けない理由のひとつかもしれない。こういう表現は、編曲家が「これっきり」という形で編曲したジャズに関してよく使われる。編曲家は、一度編曲してしまえばその曲に二度と個人的に関わることがない。
 そういう訳で、そして、モンクがどの曲も「静的で変更の余地がなく、完結した」とみなすことを嫌うので、「古い」曲も「新曲」と呼んで憚らないレベルまで練り直され、新しく生まれ変わる可能性があり、事実、そういう例が多い。
音楽について:
 Abide with Meは、19世紀にできた聖歌で、モンクは常に好んで演奏してきた。偶然だが、作曲したのは、William H. Monkという人である。演奏時間は1分に満たない。LPでは、曲を好きなだけ長く、または短くする自由が与えられる。長くなるのが普通で、この曲は珍しく短い方の例。管楽器4本のみで演奏する厳かでストレートなアレンジになっており、なじみのメロディーがモンク独自の響きと共に披露される。
 Well, You Needn’tは、長いバージョンで演奏された2曲のうちのひとつ。全員にソロの機会が与えられている。スタジオ録音とはちがう、典型的なライヴでのアプローチだ。バンド全員が熟知した曲で、各ソロも力まず独創的な出来だ。モンクによるオープニングソロに続き、アンサンブルに挟まれた、コルトレーン、コープランド、ウェア、ブレーキ―、ホーキンス、グライスの順のコーラス、そしてモンクによる締めのソロとなる。
 Ruby, My Dearは、本LP入りが最初に決定した曲だった。モンクの頭の中では、ホーキンスの比類なきバラードのスタイルが活きる完璧なナンバーで、大正解の選曲といえる。
 Epistrophyは、アルバムの中で二番目に長い、ソロにフォーカスした選曲。コルトレーン、コープランド、グライス、ウェア、ブレーキ―、ホーキンス、モンクの順。
 Crepuscule(「夕暮れ」の意)with Nellie(モンク夫人の名)は、ほとんどモンクによる演奏。ピアノでコーラス半のイントロがあり、ハーフコーラスのアンサンブルが続く。
(Original liner notes by Orrin Keepnews;translated by Asako)

AP: モンクは「生きたジャズ」なんだね!いつも現在進行形。そして、ミュージシャン仲間からとても尊敬されていた。

A: ホーンのソロも即興だから、本当に「このときの」貴重な音だよね。その瞬間に居合わせることの醍醐味を感じるのがモダンジャズだってことがよくわかる。批評家に叩かれても、耳のよいミュージシャン仲間に評価されるほうが、ずっと嬉しいよね。ところで、アマンダは、ピアノだけのときのモンクと、他の楽器と一緒にやっているのと両方聴いてみてどうだった?

AP: モンクが「この人なら自分の複雑な曲やアレンジをちゃんと演奏できる」と思えるミュージシャンが、こんな風に存在して、集まって録音できたってことがすごいな~。ソロのアルバムでは「彼を完全に理解できるのは彼のみ」ってことだったから、なおさら。モンクは、他の6人とどんな風にコミュニケーションしていたのかな~って。言葉じゃなくて、音を聴いてってことかな。

A: お、さすが、思いやりのある優しいアマンダ。自分なりのジャズの聴きどころ、見つけたね。ジェレミーもよく使っていた表現に、"play it by ear" というのがあるよ。「楽譜を見ずに、即興で」という意味が転じて「臨機応変に」という言い方。メンバーがお互いの音に注意を払って心を通わせてるか、って音に表現される。だってさ、考えてもみてよ。大人の男が7人も集まって何か一つのことをやるってこと。普通、3人もいれば、喧嘩や意見の不一致が生まれるもんね。ソロで自分の言いたいことを音で表現しつつ、モンクの曲としてまとまった音楽にするって、そんなに簡単なことじゃないって、ちょっと想像すればわかるよね?

AP: なるほど。大体、楽器が同じように上手に演奏できなかったら話にならないし。そのうえ、どこか共感したり、共通の部分がないと、楽譜もなくて一緒に演奏するのはとても難しそう。そう考えると、この録音がとても貴重なものに思えてきた。

A: それが、アマンダが前に訊いた質問の答えなのかも。ほら、「ジャズといえばニューヨークじゃないの?」って。彼らが何かを共有していたって考えると、当時のニューヨークのジャズミュージシャンの文化とか、ジャズシーンを可能にしたのは何だったのかな、って想像できるよね。ところで、さっきの表紙の話だけど、このアルバムの撮影はポール・ウェラーさん。『サンフランシスコに独り』のケーブル・カーの撮影は、ビル・クラクストンさん。私は後者の方の撮影は、シスコで楽しく行われたと想像していたけど、クラクストン氏の写真集 Jazz Seen によると、最初はシスコのケーブルカーのアイデアも、モンクは全然乗り気じゃなかったらしい。それで、クラクストン氏がモンクに何杯かお酒と食事をごちそうしたら、モンクが「面白そうだから、やろう!」と言ったんだって。今回のアルバムの表紙でワゴンに座らされたモンクは、多分、かなりご機嫌斜めだったと思うけど、おかげでジャズファンには忘れられない妙な表紙ができたのだから、ま、それもありかな?
  次回は、同じ頃の別のアルバムで、面白いライナーノーツが書かれた作品を聴きながら、さらにミュージシャン同士のコミュニケーションについて探ろうね!
(2022年2月)


A: さぁ、日本はそろそろ桜の季節。コロナ禍とはいえ、新しい学期が始まったり、と希望の春かと思いきや、戦争、地震と節電、停電。寅年も例年と変わらず、いろいろ起こっています。今回のライナーノーツは、図らずも今の世界中に必要な、「会話と思いやり」について、有名なジャズ批評家、アイラ・ギトラー氏が書いた、短いけど、とても意味のある内容です。

AP: 前回、ミュージシャン同士のコミュニケーションについて、という予告があったので、とても楽しみだったの!ぜひ、読んでみたい!

Interplay for 2 Trumpets and 2 Tenors (1957)
John Coltrane and Bobby Jaspar (tenor saxes)
Idrees Sulieman and Webster Young (trumpets)
Kenny Burrell (guitar), Mal Waldron (piano), Paul Chambers (bass) and Art Taylor (drums)
(Prestige LP 7112)
「ブローイング(blowing)・セッション」とは、演奏しているミュージシャンたちが、16小節またはコーラスのあとも即興を止めないことを呼ぶ言い方だが、その性格上、大きく3つに分類することができる。
 まず「カッティング(cutting)」セッション。これは、各ミュージシャンが、特に同じ楽器を演奏している相手を負かそうとするもので、結果として張り詰めた競争的な雰囲気になる。
 次に、ミュージシャン全員が、それぞれのソロの部分で自分の好きなように演奏するセッション。
 三番目は、あたたかく、共感的な理解を伴うチームプレイを生むセッション。
これらすべてが、それぞれのスタイルを持つジャズとして成り立ち得るのだが、聴いていて最も気持ちのよいジャズは、普通、三番目のタイプのセッションから生まれる。
 
 本作品『インタープレイ』は、その名の通り、8人のミュージシャンたちのアイデアのやりとりと、それをする際の思いやりのアルバムである。サックスもトランペットも奏者のスタイルにちがいはあるが、共感のフィーリングを妨げるものではない。
 それぞれのミュージシャンのソロと、時にはワンコーラス、ある時は4小節交わされる多数の会話の中に「ホット」と「クール」の典型を聴くことができる。
「ホット」は、イドリース・スリーマンとジョン・コルトレーン、そして「クール」は、ウェブスター・ヤングとボビー・ジャスパーだ。
 ほかのソロイスト、つまりケニー・バレル、マル・ウォルドロン、ポール・チェンバーズ(彼のアルコおよびピチカート両方のベースソロ)も、本質的に「ホット」である。
 スリーマンは、突進型で、鋭く、舞い上がる感じ。彼のスタイルは、モダン・トランペットの中でもディジー・ギレスピ―派に属する。
 ウェブスター・ヤングは、サウンドもフレージングも、はっきりとマイルス・デイビス派。
 コルトレーンは、デクスター・ゴードンやソニー・スティットを新しくした感じで、流しながら延々と掘り下げる。スリーマンと同様、自らが受けた影響を非常に独特なスタイルに発展させてきた。
 ボビー・ジャスパーは、当初スタン・ゲッツの影響を感じさせたが、最近は、ズート・シムズ。彼が、普段やらないダブルタイムの走句を吹き切るのと聴くと、本アルバムのジャスパーがコルトレーンにいくらか引っ張られたのは明らかだ。
 以上が、本作におけるホーン・プレイヤーのスタイルについて説明である。それぞれ対照的なスタイルを持ちながらバラバラにならないのは、本当に素晴らしい。また、あえて言えば、ウェブスター・ヤングとボビー・ジャスパーに当てはまる「ク―ル」は、いかなる場合も決して「コールド」を意味しない。
(Original liner notes by Ira Gitler; translated by Asako)

AP: このジャケットも個性的だね!一瞬なんだかわからなかった。染色体?なんて。よく見たら、楽譜の像が反転しているのかしら?と。インパクトあります。

A: これを書いたアイラ・ギトラー氏は、とても有名なジャズ評論家です。このノーツも短いけど、本当にジャズ初心者は絶対に読むべき!アマンダは、今まで読んだノーツの知識を駆使すれば、とても面白いと思うよ。

AP: はーい。例えば、ホット、クール、コールドの意味は、今回は何となく理解できました!

A: 冒頭のセッションの3タイプというのが面白くて、実際、ジェレミーも、カッティングを仕掛けてくるミュージシャンと吹いたときは、「やんなるね!」と苦笑いしているのを見たことがある。

AP: なんでそういう吹き方になるの?

A: さぁ、理由はいろいろあるのでしょうが、「自分の方が早く吹ける」とか証明したい人もいたりするのでは?結局のところ、各ミュージシャンが、何のために音楽をやっているのかっていう話に行きつくのかも、なんて、私は勝手に想像しているけど。

AP: 聴いてみると、普通はひとりで担当するトランペットとサックスが二人ずついる、ということだけど、それでも気持ちよく、まとまった音楽になっているんだね。楽しく何回も聴くことができた。

A: 本当だよね~。リズムセクションも、名手と呼ばれる人がそろっているから、これをまず聴いて、それぞれのほかの仕事を聴いてゆくのも面白いよ。ボビー・ジャズパーは、ジェレミーが少年の頃、グリニッジ・ヴィレッジで近所に住んでいて、いろいろお世話になったミュージシャンでフルーティストでもあった人。同じくPRESTIGEで同じ年にハービー・マンというフルーティストと、フルート2本のアルバムFLUTE FLIGHTを出しています。このジャケットデザインが、また同じようなテーストで、とっても印象的なので、探してみてね。

AP: 同じ楽器が二人っていうのは、普通はあまりないの?

A: そうね~、必要かっていわれるとそうじゃないのかも。やはり、ギトラー氏が書いているように、独りひとり強い個性を持ったミュージシャンが同じ楽器を演奏するとき、本当に心地よいチームプレイが生まれるか、っていうのは、アルバムづくりに関わるすべての人たちが心をひとつにできるかどうかにかかっているのかな。

AP: そうか。そう考えると、「はい、どうぞ!」って簡単にはいかないのね。

A: 録音当日、みんながどんな気持ちでどんな風に仕事をしたのか、それを想像しながら聴くとその貴重さがわかるよね。

AP: 耳に心地よいジャズっていうのがわかるんだね。

A: そう、だから、ビギナーはなるべくこういうアルバムを選んで聴くと、あとで自分の好きな作品を選びやすくなると思うな~。
(2022年3月)